今、世界的には行き過ぎたグローバリズムが富と貧困の格差が拡大、固定化し、富裕国に対する反発と憎悪が生まれた結果、ISという過激なイスラム組織を生んだ。しかし、強力な軍事力で世界の先頭を走っていたアメリカもグローバリズムの弊害が国内で深刻になり、アメリカンファストを訴えたトランプ政権を誕生させ、それまでの方針をローカリズムに舵を切った。我が国はどうかといえば、若年層を中心に格差が広がり、国内景気もなかなか上昇せず、内向きな政策がとられている。また若者の保守的傾向は顕著で結婚や出生率が減少傾向となっている。子供をなぜ持てないかといえば、将来に対しての不安感が大きく、とても子育てができる環境でないということなのかもしれない。

しかし、こうした現象は日本に留まらず世界の工場と言われた中国社会でも同様で格差が広がり、富の拡大が深刻になっている。日本企業は中国の人件費が高くなった結果、もはやうまみは無くなり、第二第三の工場進出を近隣アジアに目が向けられている。結局、国家間の格差は広がっていき固定化している。国家間の格差は国民に憎悪を生み、戦争へつながる懸念が広がっている。

 

私はこういう時こそ日本の役割が見直されるべきだと思っている。外に対して単に武装して内向きになるのではなく、日本がこれまで培ってきた、自動車の低燃費技術や風力発電、太陽光電などを中心とした自然エネルギーの開発技術、砂漠の緑地化など地球温暖化対策に協力できる先端技術を世界に発信することが可能ではないかと考える。ドイツはいち早く2030年にはすべてのガソリン車を撤廃することを公約した。日本はすでにガソリンを使わない電気自動車や水素自動車を開発している。また、電気自動車の蓄電燃料もリチウムに代わるより蓄電能力の高い全個体電池をトヨタが開発した。これによって電気自動車の欠点だった走行距離をさらに延長することも可能になっている。もとはといえば日本は資源がなく、海外から原材料を輸入して加工して売るというところから日本の産業が始まっている。それを支えたのは何よりも日本の伝統技術であったり、初等中等教育等の基礎教育の充実だったりの結果ではなかったのではないだろうか。かつての日本を取り戻すのは保護主義的になることでもグローバル化に突き進むことではなく、何よりも基礎教育という宝を充実させることから始めるのがよいかと考える。