貧困と学力の議論


北赤羽進学教室は私の生家だ。つまりここは地元であるのだが、私は幼稚園には行っていない。当時幼稚園に行ったのは金持ちの子供だったから、当たり前のように袋小学校から北中へ行った。あまり勉強のできる子供ではなかった。特に英語はまるでわからなかった。何せ外国人を初めて見たのは京都の修学旅行だったのだから、まったく外国語には縁がなかったのだ。当時クラスの友達の暮らし向きはほとんど貧困か貧困に近かった。しかし、同級生の中から何人かは努力して国立の大学へ入った。今でもクラス会をやるのだが、一人は東工大を首席で出て大学院へ。半導体の研究をやっていたK。もう一人は群馬大学の医学部へ行ったN、芸大に行ったA、Mは埼玉大から都立大に行って薬の会社の研究所に行った。Hは慶応大学から大学大学院に行って大学で中国文化を教えていたが、数年前に亡くなった。私を含めて共通するのはみんな家が貧しかった。だが、最近のメディアでは貧困と学力との関係をあるという。貧しい家庭の子供はみんな勉強ができなくて当たり前ということになってしまうのだが、それは違いだと思う。家が貧しいことと学力の相関は直接にはないと思う。結局、家が貧しくても貧しくなくても努力をしない人間は自分の学力を伸ばすことは難しいのだと思う。貧困と学力なんて気にしないで努力するものは報われると信じている。