日本企業の没落から学習の意義を考える。


最近、日本の有名な企業のいくつかのが致命的な嘘がばれている。

神戸製鋼の嘘が拡大している。アルミ板の強度をごまかしていたという。その範囲は自動車から航空機まで。これは命に係わる問題だ。それでもデーターをごまかし粗悪な製品を売っていたわけだ。

日産もまた完成した車の総点検を無資格者に行わせていたという。これも安全性にかかわる問題だ。少し古くなるが、東洋ゴムは車のタイヤで有名なメーカーだが、耐震吸収ゴムの強度の数値をごまかしていた。タカタのエアーバックは欠陥商品であることを知っていてそれを売り続けてアメリカで死亡事故が相次ぎ、会社がその欠陥を認めた結果、会社はリコールと補償で倒産状況にまで追い込まれている。かつて日本の製造メーカーは信用を手にするまで、それほどの長い年月をかけ、血のにじむような努力を積み重ねてきたか、企業はよく知っているはずだ。その企業がコスト削減のために人員を削り、嘘のデーターを盛り込むことは、一瞬で日本全体の信用を無くしてしまうことを自覚しているだろうか。日本の政治家のトップが平気で原発漏れをアンダーコントロールと言ってしまう嘘をだれもとがめられないことを理由に、企業もばれなければと決めてやっているのだとしたら、これは日本企業が世界から消えてしまうのも時間の問題だ。長い時間をかけて世界へ信用を築いてきたと言っても過言ではない。メードインジャパンは品質が良ければ高くても買ってくれるという信用の代名詞だった。粗悪な製品は結局、消える運命にある。今の若者には外見にとらわれすに、本物を見る目を身に着けてほしい。それが学習することの目的だと思う。